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非常に高価な  2015年3月6日礼拝説教  北村 裕樹牧師

 イエスは過越の6日前に、ベタニアでマルタとマリアの兄弟ラザロと食卓を囲まれました。その席でマリアは「純粋で非常に高価なナルドの香油を1リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった」(ヨハネによる福音書12:3)。マタイによる福音書にもマルコによる福音書にも同じ物語がありますが、ヨハネによる福音書だけは「あの」マリアが香油を塗ったと特定しています。香油1リトラは三二六グラムで、ユダの言葉によると三百デナリオン、労働者の三百日分の給料に相当する高価な品でした。マリアは惜しげも無くイエスに足に注ぎかけただけでなく、女性にとって命とも言える自分の髪でぬぐい、イエスへの深い愛を献げたのです。
 この行為を見て、イスカリオテのユダが、なぜ香油を売って貧しい人に施さなかったのか、と問います。ギリシャ語の原文では、ユダの問いは受動態で書かれています。「なぜ、この香油は三○○デナリオンで売られ、貧しい人に施されなかったのか」(小林稔訳・岩波書店)と訳した方が適切かもしれません。ユダの言葉に込められた皮肉っぽさがより明らかになるように思われます。そして、この問いにユダが捉えられていた罪が現れています。ユダにはマリアの、イエスへの深い思いが見えていません。彼には三百デナリオンの香油にだけ関心があります。6節で「彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである」と書かれているように、金銭への執着がありました。
 イエスに対して心の全てと、所有の全てを献げきった愛の行為が、ユダの目から見れば、愚かしい浪費と狂気の沙汰に見えました。同じマリアの行為がイエスとユダとでは全く正反対に評価されていて、この裂け目の大きさはふさぐことができなくなっているほどです。この裂け目が、ユダの裏切りにつながっていきます。一見するとユダの思いの方が、いかにも合理的であり、人間の良識的であるかのように思われます。しかし、そこには大きな「誘惑」があるのです。
 「ユダには、イエスが自分の幸福を造り出す手段でなくてはならなかった。このようなユダの考えからは、イエスの貧しさと僕の姿は、愚かなものとして捨て去られる。ユダはイエスに仕えず、逆にキリストを自分に仕えさせようとする。したがって、イエスの十字架の道は完全にユダには通じなかった。かくしてユダはイエスに背く。イエスの十字架への歩みに際して、ユダは目標を失ったからである」(シュラッター)。
 あるテレビのドキュメンタリーを見ました。郵便局で児童養護施設にクリスマスカードを送ろうとする男性がいます。そこに無神経なディレクターの声が問いかけます。「これを受け取った人にどんな風に感じて欲しいですか。」行為には必ず結果が伴って欲しいという自己中心的な考え。自分の思いが全て届くと思い込む身勝手さ。自分の考える答えこそが正しいという傲慢さ。「合理性」という言葉の前に、私たちの真摯な思いは「無駄」とされていきます。
 「自己満足」という言葉は、いつから悪い意味で用いられるようになったのでしょうか。
 真に必要なことのために、惜しむことなく高価なものを献げて、後悔しないところに、愛の尊さがあります。愛という名の打算が、この世にはいかに多いことでしょう。私たちの社会は、ギブアンドテイクの世界だから、という割り切り方に慣らされていて、金銭を超えた価値に対して、いつの間にか鈍感になっていないでしょうか。
 この世には金銭に換算することのできない価値があります。人間の流す涙の価値、生命の価値、これらはかけがえのないものです。
 しかし、たとえ貧しい人々を満足させるような働きをしたところで、それが自分の小さな欲望から、小さな満足から出ている限り、信仰を表す生き方とはなりません。世間一般に認められるような行いをすることが、第一の目的なのではありません。まずイエスとのかけがえのない関係において、イエスをどのような人として受け止めていくのか、と問われています。「あなたはわたしを何者だというのか」と問われているのです。そして、その問いに答えて、「あなたこそ主、メシアです」と告白する時、神と向き合う生き方へと招かれます。
 それは、今、自分に与えられているものを全て、イエスの前に、神の前に差し出すことから生まれる生き方です。打算ではなく、責任を誰かに押しつけることなく、今、与えられているこの命を神にささげること。それが神を喜ばせることになります。いったい何が「神の目に」「非常に高価な」ものなのか。自分をしっかり見つめながら、十字架を見上げて歩んで参りましょう。


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